LOGINその後、リーシャが部屋に運んでくれた食事を済ませると、曾祖母が残してくれた『錬金術』の記載がされた日記帳を読んでいた。「成程……『生命の水』と呼ばれる錬金術の術式があるのね……知らなかったわ」 『生命の水』の術式はエリクサーや聖水よりも簡単な術式だった。これなら然程時間を掛けずに作ることが出来るかもしれない。「もともと水があった場所に『生命の水』をまけばそこから水が湧き出てくるのね」 術式を頭に入れ、日記帳を閉じると座っていた椅子の背もたれに寄りかかった。「油断していたわ。私は回帰者だと言うのに、日照りのことを忘れていたなんて……」 あの頃、アルベルトは従者を連れて領地の視察に忙しく飛び回っていた。そこへ突如現れた『聖なる巫女』カチュアと共に視察を周り、彼女の祈りで雨が降ったと言われているが……。 恐らく雨が降ったのは偶然。どのみちカチュアが祈ろうが祈るまいが、近いうちに雨は降ることになっていた。 長く続いた日照で温められた川や海の水分が上空に登った。しかも話によると、雨乞いの儀式として、やぐらを組んで火を燃やし続けたとも言われている。 いずれにしても雨が降るきっかけを作ったのは確かだった。けれど、あの件がきっかけでアルベルトとカチュアの距離が縮まり、国中からカチュアは称賛された。 そして皮肉なことに、ただでさえ悪かった私の評判はますます悪化していった。雨が降らなくなったのは敗戦国の私がこの国にやってきたせいだと根も葉もない噂が広まったからだ。「今回はそうはいかないわ。私がカチュアよりも早く、日照り問題を解決すればいいのよ。そうすれば、国の信頼を得ることが出来るはずだもの……」そこで私は準備を始めた――**** 午前9時―― 私は迎えに現れたリーシャの案内でアルベルトが待っている城門へとやって来た。「来たな? 待っていたぞ」 既に馬車の前にはアルベルトが立っていた。「はい、お待たせして申し訳ございません。本日はどうぞ宜しくお願いいたします」 彼の側には従者と見られる4人の騎士がいたが、彼らはチラリと私を一瞥するだけで気にも留める素振りも無い。「酷い……何て失礼な……」 リーシャが口の中で小さく呟く声が私の耳にも届く。 やはり、ここでも同じような態度を取られるのか……。 心の中で思わずため息をついた時――「お前達!
翌日はスッキリした寝覚めだった。「う〜ん……よく眠れたわ……」 ベッドから起き上がり、伸びをすると時計を確認した。時刻は午前6時を指している。「まだ時間もあるし……今日は1人で準備しましょう」 早速ベッドから降りると、朝の支度の為にクローゼットへ向かった。「どれにしようかしら……」 アルベルトが用意してくれた服は殆どが高級そうなドレスばかりで、普段着になりそうな服がほとんど無かった。「出歩くのにこんなに丈の長いスカートでは足さばきが悪いわ」 それに領地視察に行くのに、ドレスを着ていくわけにはいかない。これから視察する領地は水が枯渇している場所なのだ。恐らく領民たちは苦しい生活をしているに違いない。 そのような場所に、着飾ったドレスで行けるはずなど無かった。「何かもっと落ち着いた服は無いものかしら……。あ、これならまだマシかもしれないわ」 私はクローゼットからドレスを手に取った―― 着替えをし、髪をアップに結い上げたときに扉をノック音とともにリーシャの声が聞こえてきた。『クラウディア様、お目覚めでしょうか?」「ええ、リーシャ。入っていいわよ」扉に向かって声を掛けると、「失礼致します」と言いながらリーシャが扉を開けて室内へ入ってきた。「おはようございま……ええ!? クラウディア様……もう朝のお支度を済ませてしまったのですか?」 リーシャが目を見開きながら私に近付いてきた。「ええ。そうだけど」「そんな……今日こそ朝のお支度をお手伝いしようと思ってういたのに……」「リーシャ、私なら大抵のことは1人で出来るから大丈夫よ? 貴女はこの城の仕事も覚えなくてはならないのだから、少しでも負担を減らしてあげたかったのよ」「クラウディア様……お気遣いありがとうございます。ですが、やはり私にももう少しお世話させて下さい」 リーシャが頭を下げてきた。ひょっとすると、私に負い目を感じているのかもしれない。いくら操られていたからとは言っても、自分のせいで私が危険に晒されたと思っているのだろう。「分かったわ。それでは明日の朝からはお願いするわね?」笑みを浮かべてリーシャに声をかけた。「はい、ありがとうございます。あの……ところで……」リーシャが私をチラチラと見ている。「何かしら?」「い、いえ。今日は……随分質素なお召し物を着ていると思いま
アルベルトとの食事も終わり、「今夜は早く休めよ」との言葉を残して彼は部屋から出ていった。「いかがでしたか? このお部屋での陛下との初めてのお食事は?」 食事の後片付けに現れたのは新しくメイドになったエバだった。「そうね。何だか不思議な感じがしたわ」 アルベルトの気持ちが全く理解出来なかったので、曖昧に答えた。「クラウディア様、明日は朝から陛下と外出をされるのですよね? 入浴の準備をいたしましょうか?」「そうね。それじゃ準備だけしてもらえる。後は全て自分で出来るから」「え……? ですが……」 戸惑うエバ。けれどそれは無理もない話だろう。私のような身分の者が、誰にも手伝ってもらわずに入浴することはあり得ない話だろうから。 けれど、日本人で更に働く主婦だった頃の記憶が強く残っている私にして見れば入浴を手伝って貰うことこそ論外だった。 何しろ子供の入浴に関しては、夫の手を借りずに自分一人で行ってきたくらいなのだから。 「いいのよ、それくらい1人でするから準備が終わったら貴女も休んで?」「はい、ありがとうございます」 そしてその後エバは入浴の準備をすると、「お休みなさいませ」と挨拶をして部屋から去っていった。****「ふ〜……いいお湯だったわ」 入浴を終えると、時刻は22時を過ぎていた。「明日は9時に出発すると言っていたわね……」 アルベルトから与えられたこの部屋には鍵付きのライティングデスクが置かれている。鍵を開けて引き出しを開けると、そこには日記帳が入ってる。 この日記帳は私が曾祖母から受け継いだ日記帳であり、様々な【錬金術】の方法が記述されている。 記憶にはあまり残っていないが、私の曾祖母は優秀な錬金術師だった。そして私は彼女の血を色濃く継いでいた。 そして……私が【錬金術】を扱えるのは私と、曾祖母だけの秘密だった。「この日記帳に水を作り出す【錬金術】の記述があったと思うけど……。 ページをパラパラとめくりながらため息をついた。 水を作り出す【錬金術】は今まで一度も試したことが無かった。一旦【錬金術】を行えば、私はトランス状態に入ってしまい時間の経過が分からなくなってしまう。 今更ながら思う。何故、過去の私は自分の【錬金術】の力を皆の為に使わなかったのだろうと。 アルベルトとカチュアの仲ばかりを嫉妬し……自分
アルベルトは少しの間、じっと私を見つめている。「クラウディア、今の言葉……本気なのか?」「はい、本気です」「そうか……やはり……ったな……」アルベルトは小さく呟いた。けれど、最後の言葉が聞き取れない。「陛下? 今何と仰ったのですか?」「いや、何でもない。だが、国のことを考えての発言ならこれほど嬉しいことはないな。何しろお前は将来国母となるのだから」「国母……」 本気でアルベルトはそんなことを考えているのだろうか? 過去世ではカチュアと恋仲になり、私を断頭台に送ったのに?「そうだな、この際お前を王妃に迎えることを国中に知らせる為にも領地を巡ったほうが良いかもしれないな。それでは明日、もし体調が良ければ俺と一緒に領地の様子を見に行かないか?」「はい、それは構いませんが……一体、今この国の領地では何が起こっているのですか?」 すると、途端にアルベルトの顔つきが変わった。「最近……領地のあちこちで日照りが続いている。水路は干上がり、井戸水が枯れかけている」「え……?」 その話を聞いて、思い出した。そう言えば、回帰前も同じことがあった。私が嫁いでからは1日も雨が降らず、領地の各地で水不足が起こった。その為にアルベルトは領地の視察の為に城を空ける日々が続き……そしてカチュアが現れた。 そうだった。あのとき、カチュアがアルベルトと共に領地を視察し……やがて、雨が降って領地は救われた。 今回もアルベルトはカチュアと一緒に領地を回っているのだろうか?「どうした? クラウディア?」アルベルトに声をかけられ、不意に我に返った。「あの、陛下に伺いたいことがあります」「何だ?」「もしかして、領地の視察に……カチュアさんを連れているのですか?」「何だって? 何故そう思うのだ?」 アルベルトが眉をしかめた。ひょっとすると、違うのだろうか?「いえ、彼女は……この国の『聖なる巫女』ですから」「クラウディア。以前にも話したかもしれないが、俺は別にあの女を『聖なる巫女』とは認めていないからな? 宰相や神殿の奴らが勝手に盛り上がっているだけだ。第一何故俺があの女を連れて領地の視察に行かなければならない?」 でも貴方は過去の世界ではカチュアを連れて領地を視察したのだと……そんなことを言えるわけなかった。ここはもう、素直に謝ってしまったほうが良さそうだ。
食事が並べられ、リーシャが部屋から去ると早速私とアルベルトの夕食が始まった。「やっぱり、どんなに忙しくても夕食位は2人で一緒にとりたいからな」アルベルトは何か良いことでもあったのか、笑みを浮かべながら語りかけてくる。「そうですね……ところで陛下。何か良いことでもあったのですか?」「ああ、もちろんあった。クラウディアの目が覚めたからな」「え……?」あまりにも予想外の台詞に、フォークを持った手が止まってしまう。「どうした? 食欲でもないのか?」ナイフとフォークで、肉料理を切り分けながらアルベルトが尋ねてきた。「い、いえ。何でもありません」ごまかすために、サラダを口に運んだ。「そうか? まだ体調が良くないのではないのだな?」どこか心配そうな眼差しで私を見つめるアルベルト。「はい、大丈夫です」「ところで今日、宰相と『聖なる巫女』が尋ねてきたそうだな?」突然アルベルトは話題を変えてきた。「はい、そうです」「部屋に入れたそうだが……何故、彼らを招き入れた?」「え……?」「お前は今日、目が覚めたばかりなんだぞ? 体調だって本調子ではないのに……それなのに奴らを部屋に入れるなど……」「陛下……?」アルベルトは何だか苛ついているようにも見える。そして、ふと気づいた。そう言えば……アルベルトは今までにカチュアの名を口にしたことがあっただろうか?「何か2人から言われたりしなかったか? どうせ奴らのことだ。ろくな話では無かっただろう?」そしてアルベルトはワインを口にすると、じっと私を見つめてきた。いつもなら話の内容を報告する気は無かったけれども、今回ばかりはそうはいかない。何しろ私について、良くない噂が流れているのだから。「あの、陛下。お伺いしたいことがあります」「何だ?」私をじっと見つめるアルベルト。「リシュリー宰相とカチュアさんから話を聞きました。城中で私の悪い噂が流れていると」「何? 病み上がりのお前に、あの2人はそんな話をしたのか?」アルベルトが眉をしかめた。「その反応……つまり、事実ということですね?」「隠していても仕方が無い。確かにそうだ。だが事実無根だ。何も気にすることはない」そして再びアルベルトはワインを口にした。「ですが……気にするなと言われても私はただでさえ、敵国の王女だということでこの城の人々か
宰相とカチュアが帰った後。病み上がりで精神的疲労も重なったので、今日はベッドで休むことにした。「明日からまた今後のことを考えればいいわね」そして私は眠りに就いた―― 誰かの人の気配でふと目が覚めると、リーシャが蝋燭で部屋の明かりを灯している最中だった。「あ、お目覚めですか? クラウディア様。勝手にお部屋に入り、申し訳ございませんでした。ノックをしてもお返事が無かったものですから」リーシャが申し訳なさそうに謝る。「そうだったの? 別に気にしなくていいわよ。それにしても灯りを灯す時間まで私は眠ってしまっていたのね。今は何時なのかしら?」「はい、19時を過ぎた頃です」「え? そんな時間だったの?」確かベッドに入ったのは14時を過ぎていた。それが5時間も眠ってしまっていたなんて……。「昼寝にしては寝過ぎね」苦笑しながらリーシャに話しかけると、彼女は首を振った。「いいえ、クラウディア様は病み上がりなのですからゆっくりお休みになって下さい。それで食事のことですが……お召し上がりになりますか?」「そうね……それでは持ってきてもらおうかしら?」私が早く食事をしなければ、厨房の人達も休めないだろう。「はい、承知いたしました。すぐに伝えて参りますね?」笑顔でリーシャは返事をすると、残っていたランプに灯りを灯すと部屋を出て行った。「フフフ……私ったら厨房の人達のことを気に掛けるなんて、完全に主婦目線じゃない」そしてふと、置き去りにしてしまった葵と倫のことが思い出された。「あの子達……私がいなくなった後、御飯ちゃんと食べているのかしら?」掃除や洗濯は出来ているのだろうか?単身赴任中だった夫は……子供達と暮らしているのだろうか……?もう二度と会えない私の愛する家族。今の私には3人の幸せを祈るしか無かった――****「お待たせいたしました、クラウディア様。お食事をお持ちいたしました」リーシャがワゴンに乗せて料理を運んできた。「ありがとう、リーシャ。……あら?同じ料理のお皿が2つずつあるけど、貴女も私と一緒に食事をするのかしら?」 ワゴンの上に乗っている料理を見て、思わず首を傾げながらリーシャを見た。「いえ、それが実は……」リーシャが言いかけた時――「私がこの部屋に2人分の料理を運ぶように命じたのだ」驚いたことに、アルベル